春闘では、労働組合が賃金や働き方の改善を会社に求め、労使で交渉します。その準備で悩むのが「今年はいくらの賃上げを求めるか」です。連合や産別の方針、物価、他社の賃金、自社の業績。どれも気になりますが、それぞれが答える問いは違います。要求額を考える材料と、それを自組合の案にする順序を整理します。
要求額には「上げ幅」と「目指す賃金水準」がある
「月額をいくら上げるか」と「月額をいくらにするか」。どちらも賃金要求ですが、出発点が違います。
上げ幅は、現在の賃金からの改善額です。一方、目指す水準は、同じ年齢や仕事などで見た賃金の到達目標です。もともとの賃金が低ければ、他社と同じ率で上げても、金額の差が残ることがあります。
連合の2026春季生活闘争方針も、この二つを使い分けています。全体の目安は賃上げ分3%以上、定期昇給に相当する分を含め5%以上。その一方で、格差是正に向けて賃金の到達目標を額で示し、中小組合には自組合の水準との比較を求めています。これは2026年の方針であり、翌年の要求目標を示すものではありません。連合「2026春季生活闘争方針」6〜8頁
自組合でも、率を決める際に「改定後はいくらになるか」まで見ておくと、要求の目的がはっきりします。
四つの材料を、違う役割で使う
要求額を検討するときは、次の資料を並べます。四つの数字を足せば答えになるわけではなく、同じ案を別の側面から確かめるための材料です。
| 材料 | 分かること | 自組合で用意する情報 |
|---|---|---|
| 物価と生活実態 | 賃金で買えるものや、家計の負担がどう変わったか | 過去の賃金改定、組合員の生活調査 |
| 他社・産業の賃金 | 自社の賃金がどの水準にあるか | 職種・年齢・等級別の賃金、比較先の条件 |
| 連合・産別の方針 | 社会や産業として目指す改善の方向 | 加盟する産別の要求基準と対象範囲 |
| 自社の経営状況 | 継続的な賃上げを支える収益や人員の見通し | 決算、事業計画、採用・退職の状況 |
物価については、直近一か月の上昇率だけでなく、前回の改定以降に賃金と物価がどう動いたかを見ます。消費者物価指数は、一定の消費内容に必要な費用の変化を測る指標です。組合員の支出そのものではないため、家計で負担が増えた費目は生活調査で補います。総務省統計局「2025年基準消費者物価指数の概要」
他社の賃金は、基本給、残業代、賞与などの範囲をそろえて使います。採用時の提示額と在籍者の平均額も別の数字です。入手先は他社の賃金データの集め方で詳しく扱っています。
経営状況を調べる目的は、会社の回答を先回りして受け入れることではありません。生活や仕事に見合う賃金を求める理由と、それを継続して負担する見通しの両方を議論できるようにするためです。
厚生労働省の2025年調査では、賃金改定額を決めた企業が最も重視した要素は、企業業績41.7%、労働力の確保・定着17.0%でした。対象は常用労働者100人以上の会社組織の民営企業です。自社でも、業績だけでなく、人材を確保するための賃金水準が論点になり得ます。「賃金の改定事情」第7表
定昇と、新たな水準改善を分ける
要求の総額を作る前に、現行制度で予定される昇給を整理します。
定期昇給は、勤続や能力などに応じて、既存の賃金制度の中で給与が上がる仕組みです。ベースアップは、賃金表などの水準自体を引き上げることを指します。総額に定昇を含める場合も、新たな水準改善がいくらなのかを分けて示します。両者の仕組みはベアと定昇の違いを参照してください。
ここからは、Union Strategyが提案する要求案の作り方です。まず、組合員に広く共通する生活や賃金の課題について、改善額の案を置きます。次に、その改定後の賃金を職種や等級などに分けて見て、なお目標に届かない層があるかを確かめます。
例えば、低い賃金層の底上げを重視する場合、一律の率と一律の額では効果が異なります。同じ率なら元の賃金が高い人ほど増額は大きく、同じ額なら元の賃金が低い人ほど上昇率は高くなります。どちらが適切かは、何を改善したいかによって変わります。

共通の引上げ後も特定の職種に不足が残るなら、その差を追加是正の候補にします。最初に見つけた他社との差に、物価対応の額をそのまま足すと、同じ差を二度埋める計算になりかねません。改定後の額で確かめる理由はここにあります。
比較する対象も固定します。同じ等級・号俸の賃金表を改善する話と、本人が次の号俸に進んだ後の給与を比べる話では、必要額の意味が違います。
金額だけでなく、実施する内容まで要求案にする
要求書には、少なくとも「誰の」「どの賃金を」「いくら」「いつから」変えるかを書きます。その下に、生活調査、賃金比較、産別方針など、額を選んだ理由を添えます。
案をまとめたら、等級や賃金帯ごとの改定後の姿を確認します。平均額が同じでも、若手に厚く配る案と、全員の基本給を同じ率で上げる案では、組合員への届き方が違うからです。組合内では、この違いを示して意見を集めます。
会社との協議では、年間の人件費への影響も扱います。月例賃金に加え、基本給に連動する賞与などがあれば、その費用も含めて示してもらいます。会社が実施時期や費用に難色を示した場合には、要求額の根拠への異論なのか、実施方法の問題なのかを分けて話せます。
春闘の要求額は、外部の目安を一つ選ぶだけでは決まりません。目指す賃金の姿を組合内で共有し、その実現に必要な額と配分を説明できる案にすることが、交渉の出発点になります。
出典・参考資料
- 連合「2026春季生活闘争方針」、2025年11月28日・第96回中央委員会で確認。上げ幅と到達水準、定昇相当分を含む目安を参照。PDF
- 総務省統計局「2025年基準消費者物価指数の概要」。参照PDFに公表年月の記載なし。指数の性格を参照。PDF
- 厚生労働省「令和7年賃金引上げ等の実態に関する調査」、2025年10月14日公表。賃金の改定事情・第7表、調査対象・公表日
出典確認日:2026年9月21日。資料の使い分けと要求案の作り方は、Union Strategyによる整理・提案です。
