会社から「実質賃金はプラスに戻っている」と説明された一方、組合員からは生活費の負担が残るという声が届く。次の要求でも物価対応を掲げるべきか、執行部の判断が問われます。この記事では全国統計と自組合の生活実態を分けて捉え、要求を続ける場合、対象を絞る場合、理由を見直す場合を整理します。
結論:物価対応の要求は、自組合で給与改善後も残る価格上昇の負担を確かめ、その範囲に応じて継続・対象変更・終了を判断します。
7月のプラスは、組合員の負担解消を意味するか
厚生労働省の2026年7月分毎月勤労統計速報では、現金給与総額は前年同月比4.7%増、実質賃金は2.4%増でした。本稿で使うのは、調査産業計、事業所規模5人以上、一般・パートを合わせた就業形態計で、実質賃金は「持家の帰属家賃を除く総合」の消費者物価指数を用いた系列です。速報値は確報で改訂される場合があります。2026年7月分結果速報
この数字は全国の7月を前年の7月と比べたもので、2026年通年の結果ではありません。2025年の年平均では、同じ対象・系列で名目賃金が2.3%増、実質賃金が1.3%減でしたが、この年平均と7月の増加率を足し引きして、過去の不足を取り戻したかどうかは判定できません。2025年分結果確報
この公表値から、7月の全国平均は前年同月より改善したと確認できます。しかし、自社のどの層で負担が解消したかは別に確かめる必要があります。全国のプラスを否定することも、それだけで自社の要求を終えることも、組合員の実態に基づく判断にはなりません。
給与総額が増えても、毎月の余裕は同じようには増えない
毎月勤労統計の現金給与額は、税や社会保険料などを引く前の金額です。現金給与総額には残業代や賞与なども含まれます。そのため、実質賃金が2.4%増えたことを「通常月に使える手取りが2.4%増えた」と読むことはできません。厚生労働省「用語の解説」
物価の影響も世帯ごとに異なります。総務省統計局は、消費者物価指数は消費者全体の平均的な物価の動きを示し、個々の家計への影響とは一致しないと説明しています。また、生活費は購入量や買う商品の変化でも増えるため、支出増の全額を物価上昇とみなすこともできません。「消費者物価指数のしくみと見方」38〜39ページ
組合が確かめたいのは、給与が改善した後にも、同じ生活を続けるための費用増がどこに残っているかです。家計が苦しいという声は調査の入口になりますが、それだけで物価を理由とする一律の要求額は決まりません。
給与と生活費を、同じ期間で調べる
ここからはUnion Strategyの提案です。まず、今回の要求で補おうとしている期間を決めます。今年の改定後と前年の同じ月・季節を比較するのか、過去数年の不足まで扱うのかを、執行部でそろえます。後者を扱うなら、その期間の給与と物価の資料も必要です。
会社からは、同じ期間に在籍した対象者について、基本給・固定手当、残業代、賞与の変化を分けた集計を求めます。通常月の改善と年間の改善を併記し、労働時間や休職などが変わった対象は区別します。賞与が増えたことは成果として評価しながら、月々の負担に対する給与改善がどこまで進んだかを確かめるためです。
組合の生活実態調査では、負担の増えた費目、おおよその増額、続いている期間を聞きます。その際に、購入量、利用するサービス、世帯構成の変化も尋ねます。同じ電力使用量でも料金が上がったのか、使用量が増えたのかでは、物価を理由とする説明が変わるからです。明細などで確認できない部分は、回答者の見積もりとして区別します。
手取りと生活費を照合するときは、控除前の賃上げ額をそのまま支出増から差し引きません。任意の調査で把握できる控除後の変化を使い、税・保険料、勤務時間、世帯条件の変化は、価格上昇とは別に記録します。会社との協議には個人を特定しない集計を用い、個人の家計明細を会社へ提出することを前提にしません。
回答数も判断材料です。賃金帯や雇用区分ごとに対象人数と回答人数を残し、一部の層の声を全員の不足として扱わないようにします。資料の精度が粗い場合は、不足額を一点で決めるより、どの費目で、どの層に、負担が続いているかを先に示します。
負担の残り方で、要求の扱いを変える
給与改善を確認しても価格上昇による負担が幅広い層で続くなら、物価対応を共通の要求理由として残します。確認した期間、費目、対象範囲を示せば、全国の統計がプラスのときも、自組合で要求を続ける理由を説明できます。
負担が特定の層や費目に集中しているなら、その対象への対応を優先する案を検討します。広い賃金改善を求める理由と、限られた対象への支援理由を分けることで、改善の届く範囲を議論できます。どの給付方法を選ぶかは、基本給・賞与・福利厚生を分けて考える総報酬の記事を参照してください。

一方、十分な対象範囲を調べ、要求で扱っていた期間の価格上昇による不足が解消したと確認できたなら、その不足を理由にした要求は終了または組替えの対象です。残る困難が勤務時間の減少や世帯条件の変化によるものなら、その原因に対応する協議へ移します。
確認できないことと、解消したことは違います。回答の偏りや資料不足で負担の有無を判断できない場合は、要求を終える判定を保留し、不足する層への確認と再判断の時期を決めます。また、支出を切り詰めた結果だけで「不足がなくなった」と評価せず、何を減らして収支を合わせたのかも確かめます。
この手順で決まるのは、物価対応を要求理由としてどこに残すかです。調査で出た支出増加率を組合独自の物価上昇率にしたり、そのまま必要なベア率にしたりはしません。
労使協議で確認したいこと
1.通常月と年間の給与は、それぞれどう改善したか
質問:「同じ対象者について、基本給・固定手当、残業代、賞与を分けて、前年の同じ期間との変化を示してください。」
求める資料:対象人数、賃金帯・雇用区分別の給与内訳、労働時間、改定の実施月、賞与の支給月と算定期間。
要求判断への使い道:通常月に負担が残るなら、賞与を含む総額の改善だけで月例給与の要求を終えません。支給月のずれや対象者の違いによる差であれば、比較を修正して判断し直します。
2.組合調査で負担が残る層に、改善は届いたか
質問:「組合の調査で負担が残った層について、給与改定の内容と、改定が適用された範囲を示せますか。」
求める資料:該当層の改定額、適用条件、対象人数。組合側は同じ区分の費目別負担と回答人数を用意します。
要求判断への使い道:価格上昇の負担が広い層に残れば共通の要求理由を継続し、特定層に集中すれば対象を絞る案を検討します。回答が少ない層は追加確認し、全体への要求に一般化する判断を保留します。
3.手取りの変化に、価格以外の要因は含まれているか
質問:「給与改定後の手取りを評価するため、控除や勤務条件の変更で影響する項目を説明してください。」
求める資料:給与明細の項目説明、労働時間・休職・手当適用などの条件変更、必要な範囲の控除に関する説明資料。
要求判断への使い道:価格要因と他の要因を分け、物価以外の事情による困難には別の要求理由を立てます。個別条件が不明な場合は、全員の手取りが同じ額だけ変わったとは見積もりません。
4.要求を見直すかどうかを、いつ再確認するか
質問:「次にどの期間の給与資料と生活実態を用い、対応を続ける対象を再確認しますか。」
求める資料:確認期間、会社資料の提供時期、組合調査の実施時期、未確認の対象層の一覧。
要求判断への使い道:対象範囲を確かめたうえで価格上昇による不足が解消していれば、その理由による要求を見直します。新たな値上げや賃金改定があれば評価を更新し、資料不足が続くときは未確認部分を残したまま次の確認方法を決めます。
出典・参考資料
- 厚生労働省「毎月勤労統計調査 2026年7月分結果速報」、2026年9月8日公表。1ページの現金給与総額、実質賃金と注記を参照。速報値。
- 厚生労働省「毎月勤労統計調査 2025年分結果確報」、2026年2月25日公表。1ページの年平均の名目・実質賃金を参照。
- 厚生労働省「毎月勤労統計調査 用語の解説」、公表日表示のない常設ページ。2026年9月19日確認。控除前の給与、現金給与総額、所定内給与、特別給与の定義を参照。
- 総務省統計局「消費者物価指数のしくみと見方―2025年基準消費者物価指数―」、2026年8月刊。第3章「消費者物価指数の見方」38〜39ページの世帯による影響の違いと、生活費・物価の違いを参照。
出典確認日:2026年9月19日。厚生労働省の結果一覧では、確認時点の最新月は2026年7月速報です。自組合での調査と要求判断の手順はUnion Strategyの提案であり、全国統計から自社の不足額を算出したものではありません。
